真に健全で個性豊かな人間教育の樹立

学校法人 武南学園 武南高等学校

『アンと青春』石井先生のオススメ

2020/04/22

『アンと青春』

タイトルを見て「あれ? これは『アンの青春』の間違いでは?」と思われた方もいるかもしれないが、これは『和菓子のアン』の続編である。

主人公の「ちょっぴり(?)太めの十八歳」梅本杏子(きょうこ)、通称アンちゃんは、進路未定のまま高校を卒業、縁あって東京百貨店地下の「和菓子舗・みつ屋」でアルバイトを始める。女性店長の椿さん、男性店員の立花さん、バイト仲間の女子大生桜井さん、立花さんの菓子職人としての師匠、河田屋主人の松本三太さんといった、実に個性的で魅力的な面々に囲まれて、仕事に、ときには和菓子をめぐる謎解きに奮闘しながら、日々成長していくというのが前作である。

 みつ屋で働き始めて八か月、仕事にも慣れてきた杏子は、みつ屋と和菓子が好きになるにつれ、「でもバイトでしょ」と言われることがしだいに嫌になってくる。働いてお金をもらうのはアルバイトでも社員でも同じ。だったらどちらでもいいと思っていた杏子だが、それじゃいけないのだろか、と感じるようになる。まわりが就職するから就職するというのも不思議だけれど、今のままでいるのもどうなん、だろう……。

 ある日、敬語の間違いを女性客に指摘された杏子は、初めて「接客が怖い」と思う。「商店街育ちのスルー技術に、デパ地下で鍛えられた接客術。(中略)誰が来たって大丈夫。どんな嫌みも無理難題も、笑って受け流せる」と自負していただけに。その客が再び来店することがわかり、挽回のチャンスがあるのはラッキーだと立花さんにクールに諭される。優しい励ましを期待していた杏子は、自分の甘さに気付く。

 「たぶん私は、接客を舐めてた。(中略) バイトのくせにいっぱしの販売員気取りだった」 が、「そんなの上っ面だけ。愛想がいいのは、知識や技術のなさを笑顔でカバーしようとしているから。フレンドリーなのは、敬語が完璧じゃないから。さらに嫌なお客さまは笑顔でスルーして、本気で相手の話を聞こうとはしていなかった」。さらに、「バイトであることを引け目に感じてるくせに、バイトだから助けてもらえるとどこかで思ってた」。

 椿店長や立花さんのプロ意識を目の当たりにし、働くということ、そして自分の将来について「考えなさい、と言われた気がした。あなたはどうなりたいの? どういきたいの?」 悩み、もがく杏子。桜井さんはそんな杏子に、「店長と乙女(立花さん)は社会人で、接客のプロ。だからちょっと、先を行ってる。でも私たちが劣ってるわけじゃない。追いついていないだけ」と優しく声をかける。杏子の友人たちも、「自分で働いて、お金貰って、仕事の勉強してさ、すごいよ」、「バイトとか社員とか、そういう問題じゃないよ。社会人だなってこと」と感心してくれた。大切な友人からの言葉が心にしみる。

 ある日、立花さんがインフルエンザにかかり一週間休むことになる。その穴を埋めようと、杏子は懸命に働こうとする。昼休憩を早めに切り上げたり、勤務時間を過ぎても手伝おうとしたり……。しかし、椿店長は「あなたの意欲は素晴らしいし、アルバイトとして申し分のない働きをしてくれるのは、よくわかっています。でもね、働く上では、休むことも仕事のうちなのよ」 と杏子を帰す。納得がいかず、その後も勤務時間以上に働いていた杏子だが、しだいに心身に疲労がたまっていく。そんな中、立花さんの一言に杏子は打ちのめされる。

 「私は、一つの道を決めたのに、きちんと歩けない人が嫌いなんです」

杏子は、それは自分への言葉でもあるように思う。「進学や大学を決めることができなかったように、一つの未来を選ぶことができない。働いてさえいればいい、と見ないふりをしている。忙しくしたがるのは、働くのが好きなんじやない。言いわけが欲しいだけだ」。

 でも、杏子は少しずつ気付いていく。和菓子は冠婚葬祭すべてにつながるものだ。そうした和菓子を売るという仕事を通して、人生の「様々な瞬間を迎えたお客様」と向き合い、「その数が増えるほど、私の中に小さなものが降り積もっていった」。「ものすごく粒が小さくて、最初は落ちてきたのも気がつかないくらい。よく研がれた和三盆糖のように、溶けやすくてはかないなにか。それが今、私の中で主張している。あんたにもあるよ、と言われている気がする」。

 でもまだぐらついている、とつぶやく杏子に、立花さんは言う。「色々な立場の人に心を配ることができる。それは一つの才能だって、わかってる? 押しつけがましくなく、嫌みなく、毎日それができるって、本当にすごいことなんだ」。

 杏子の抱える問いは、一社会人として働いている私自身も、ずっと抱えている。私はどうなりたい? どう生きたい? 昔からずっとばかみたいに「先生になる!」と思っていた。でも、「なりたい」と「できる」「向いている」は違うのではないか。本当に私にはこの仕事ができるのか、向いているのか。それを確かめる勇気はいまだにない。杏子のように「見ないふり」をして、ひたすら目の前の仕事を片付けている。そう考えると、立場に関わらず、もしかしたら人はこうした問いを抱え続けているのかもしれない。

 悩みは尽きない杏子だが、最後は実に彼女らしい終わり方だ。大切なのは、動きながら、考え続けることなのかもしれない。そして疲れたときには、好きなお菓子と飲み物を用意して、ゆっくり休む。そうやって、今までもこれからも、そして今日を、生きていこう。