真に健全で個性豊かな人間教育の樹立

学校法人 武南学園 武南高等学校

気持ちをキャッチする力 祝!埼玉大合格

2017/03/09

武南の教師陣には『学級新聞』の名手がたくさんいます。その中でも英語科の福島先生の文章を書くタッチは…他の教員からも、「読ませてくださいよ~♪」と声がかかるほど…。毎回、”ステキな作品”に仕上がっています。そんな福島先生が担任を務める選抜クラスの永井さん(戸塚中学出身)が、埼玉大学に合格しました。「一度話をすれば…先生にも良い子だってわかってもらえると思いますよ。」そう福島先生が言ってたように、永井さんはとても朗らかな生徒さんでした。

武南高校を選んだきっかけを尋ねると…

「ダンス部があったからです。私は、保育園に通っている時から、ダンスをやってきて、高校では、ブレイクダンスに挑戦しようと思っていました。」

永井さんが、朝早く学校に来て、勉強との両立を心がけている姿を、福島先生は見守ってきたと言います。永井さんに高校時代の思い出を尋ねると…。

「高校時代一番の思い出は、大会に出場して、良い結果を納めることができたことです。仲間とひとつの目標に向かって練習する尊さを学んだように思います。ダンス部は、2月の3年生を送る会で引退となるのですが、それからは、これまで以上に勉強にも力を入れました。同じダンス部でブレイク担当だった深井先輩とか、勉強と両立させてる先輩の話も聞いていたので、私もがんばろうと思いました。」

「私は将来、小学校の先生になりたいって思っています。それは、子ども好きという単純な理由もありますが、小学校時代というのが、人の人格の基礎を築く大切な時間だと思うからです。」

教育について語る永井さんに、思わず、こちらも『教育』について思うことを語り出すと、永井さんはしっかりと話に耳を傾けてくれます。人の言うことをまずは聞いてみる…そういう姿勢がしっかりできているところが、永井さんの魅力のひとつだと気づかされました。

「『どんな子?』って言われれば、『良い子』と答えるのが、一番、的確に思えるんですよね。」と言う福島先生。

「そう言う福島先生ってどんな先生でしたか?」と永井さんに尋ねると…

「口数は多くはないんですけど、ちゃんと私たちを見てくれている。それが、教室の後ろに貼られる学級新聞を読むとよくわかって、感謝しています。」

「教員が発信することをキャッチしてくれるんですよね。永井は…笑」

一緒に教員として働いてみたくなるような…そんな大きくってしなやかな心に触れることができました。

 

合格おめでとう!良い先生になるのは間違いありませんね。

 

 

福島先生が修学旅行での何気ない出来事を綴っていらしゃる学級新聞を掲載しておきます。教員の文章にありがちな上からの押し付けではなく、生徒と同じ目線で書かれているので、私小説を読んでいるかのように引き込まれ、考えさせられもします。先生のクラスの生徒さん達は、先生ご自身が素直に感じて文字にしたことに触れながら、考える機会を与えられ、自己を見つめ直していたのかもしれませんね。

 

<以下抜粋>

 「どちらから来たのですか」とその青年は英語で話しかけてきた。彼はオーストラリアから帰る飛行機の中の、通路を挟んで斜め前の席に座っていた。最初から時折こちらを気にするように振り返っていたが、日本人高校生の集団に向けられる視線としては特別なものではなかったし、それまでの6日間でこちらもそういう視線には慣れていた。その彼が、機内食が運ばれてきたところで、意を決して声をかけてきたのだ。僕は少し戸惑いながらも「日本からです」と至極当たり前な返答をした。すると彼は意外にも「日本のどこから?」と続けてきた。僕は少し困惑した。この青年に埼玉と言って通じるとは思わないけれど、もう埼玉としか答えようがない。そして「埼玉です。東京の隣りの」と答えた。「埼玉のどこ?」「川口のあたりの…」「僕は川口に住んでいます」「えっ、本当ですか?」

 彼はオーストラリアのタスマニア州ホバート出身で今はタスマニア大学の学生だと告げた。高校1年の時に群馬の前橋高校に留学していて、今はワーキングホリディで日本のホテルで働いている、とのことだった。彼は日本に興味があり、日本語の勉強に熱心だった。僕に話しかけてきたのも日本語の練習をしたかったからだ、と言った。そして僕らはお互いに名前を名乗って自己紹介した。僕は彼の名前をうまく聞き取れなかったがそのままにした。僕がフクシマだと名乗ると、彼は少し驚いたように「フクシマ?場所の名前の?」と訊き返してきた。「そう、同じなんです」と答えてまた会話が途切れた。僕もこの会話を終わらせたくなくて自分たちのことを話し出した。彼らは高校2年生で修学旅行でメルボルンとシドニーに行ってきた。「シドニーのどこが一番気に入ったか」と聞かれたが、街中を歩いただけで、これといってどこに行ったわけではなかったのでそう伝えると「シドニータワーには行ったか」と訊かれた。「下まで行ったが上らなかった」改めて振り返ってみるとどこが一番とかは考えていなかったけど、とりあえずオペラハウスと答えたら、微妙な顔をしていた。それからまた少し間が空いたが、彼は話を続けたそうだった。僕はブルーマウンテンズに行ったことを思い出して「ブルーマウンテンズの景色が最高だった」と話してそのあとブルーマウンテンズの話題で少し間がもったが、それでも話は長く持たなかった。すると今度は彼が「埼玉でどこか良い場所はあるか」と訊いてきた。実際これはなかなか難しい質問で返事に困ったが、「埼玉の人はどこか良い場所に行きたいなら、東京か横浜に行きます」と正直に答えたが、彼は笑って「いや、そうじゃなくて」と食い下がったのでさらに困った私は「チチブに行ったことありますか。今頃は紅葉がきれいですよ」と答えたが、どうもしっくりこないようだったので「どんな場所に行きたいのですか」と逆に質問してみたら、「どこでも!」とこれまた曖昧な返事が返ってきて結局答えられなかった。聞けば東京スカイツリーにも浅草にも赤レンガ倉庫にも行ったことがあるとのこと。そう考えると埼玉にはオーストラリア人が楽しめる場所がないのではないだろうかと思った。

 僕たちの会話は通路を人が通るたびに中断されたが、それでもお互いに話を続けようとした。彼は僕のつたない英語を一所懸命に理解しようとしてくれた。その姿を見ると、僕も何かを伝えなければいけないのではないか、と一所懸命だった。

 「この旅行では英語の練習もしたのか」と訊かれたので「難しいが、少しは上達したはずだ」と答えると「試してもいいか」と言って僕の前の席に座るAに話しかけた。Aは最初こそ英語で自己紹介していたが、すぐに日本語になり、そのうちにお互いに日本語で話し続けた。でもそれはお互いのことを知る良いチャンスでもあった。彼がタスマニアの出身だと言っていたのにAはタスマニアを知らないようだった。僕は大事なことを何も教えていないことに気が付いた。僕は埼玉の良い場所を知らないし、タスマニアも教えていない。そしてなにより、たまたま飛行機で隣り合わせたオーストラリア人と交わす適切な話題も持ち合わせていなかった。

 しばらくAと話したのち、彼はまた僕に話しかけてきた。「あなたの名前はフクシマだと言いましたよね?」「そうです。フクシマです」「たまたま同じなんですね…気を悪くしたらごめんなさい」「いや、大丈夫です。あなたの言っていることが何だかわかりますよ。」僕はそのとき、友人から言われた言葉を思い出していた。「原発事故があってフクシマという言葉は世界に知られるようになった。チェルノブイリと同じように」オーストラリアでも日本の福島第一原発事故のニュースは大きく取り上げられたはずだ。だから彼は最初に僕の名前を聞いたときに「場所と同じ?」と聞き返したのだ。「オーストラリアではフクシマの情報が入ってこないけれど、実際はどうなのですか?」実際のところは僕にも分からなかった。日本のマスメディアも今は積極的に報道しないし、僕自身も知ろうとしていなかった。そして彼は「オーストラリアには原発がありません。あなたは原発をどう思いますか?」その問いに僕の口から不意に出た言葉は「原発は日本が解決しなければいけない重大な問題です。僕も原発はない方が良いと思います。」それは今までずっと目を逸らしてきた問題であり、ずっと出せなかった答えだった。オーストラリアは原発に頼らずとも日本よりも豊かな国になっているではないか。何をためらっているのだろうか。

 不意に重い話題になってしまったことを気遣い彼は話題を変えた。「日本語の本でおすすめのものは何か」「平仮名は読めますか」「はい、『吾輩は猫である』は読んだことがあります」「それが読めればもう何でも読めますよ。」「でも最初は『目から火が出た』の意味が分からなかった」「慣用句は難しいですね」「英語の早口言葉を知ってますか」…そうこうしているうちに機内の明かりが消された。彼は会話を止める様子もなかったが、「そろそろ休みましょう」と僕から切り出して僕たちの会話は終わった。

 それから彼とは話すことなく別れた。僕は彼との会話を思い出しながら、自分がいかに日本のことを知らないか、そしていかに本当に大切なことを教えていないかを思い知った。そしてふと思った。彼の家族は彼が日本へ行くことをどう思っているのだろうか、と。原発事故の不安があるだろう。オーストラリアにいる方がお金だって稼げるだろうに。でもそもそもオーストラリア人の価値観はそういうことではないのかもしれない。将来的には日本語を話せることが彼自身のスキルアップにつながると考えているのかもしれない。学歴ではなく個人のスキルを評価される国。そういえば「学歴を重視するのはアジア圏だけだ」とガイドさんが言っていた。そのせいでシドニー大学の学生のアジア人比率が年々高まっているとのこと。なんだか小さい価値観の中で生きているような気がした。

 

                                (2015年11月)